大石橋マグネサイト鉱山万人坑(2)

 大石橋マグネサイト鉱山万人坑(2)
遼寧省大石橋市

 中国東北部(「満州」)侵略を日本が公然と開始した1931年から日本が降伏する1945年まで日本の南満鉱業株式会社が大石橋マグネサイト鉱山を支配する。そして、この14年間にマグネサイト鉱石440万トンを略奪し、マグネサイト採掘の過酷な強制労働で1万7000人の中国人労工を死亡させた。犠牲者の遺体は主に虎石溝・馬帝溝・高荘屯の3カ所に捨てられ万人坑が形成された。そのうち虎石溝万人坑に解放後に建てられた記念館の中に、140平方メートルの万人坑発掘現場が保存されている。これが、本多勝一さんが『中国の旅』に記録した万人坑の一部であり、7層に重なる174体の遺骨がそこに残されている。

 
大石橋虎石溝万人坑の存亡の危機


 大石橋虎石溝万人坑はおそらく日本で一番有名な万人坑だと思う。その虎石溝万人坑が存亡の危機にある!
 そんな危機感を訴えるのは、この十数年間にわたり虎石溝記念館の元館長・張鳳嶺さんらと交流を続けているJR東海労働組合新幹線関西地方本部(以下、東海労と略称)の人たちだ。東海労の人たちは、長年の交流を通して大石橋の実情を知る中で、虎石溝記念館の維持管理がずさんで万人坑発掘現場や遺骨がボロボロになってしまわないか、さらに、記念館に関わる予算が極めて少ない状況が続きいずれ廃館にされてしまうのではないかと危機感を強めている。
 
 虎石溝万人坑の危機的状況
 日本の侵略の実態をありのままに示す虎石溝万人坑のような現場は、日本の侵略・加害を無かったことにしたい歴史改竄主義者の荒唐無稽の妄言にいとも簡単にだまされる多くの日本人にとって、歴史事実と侵略の実態を学ぶことができる貴重な証拠である。その虎石溝万人坑が存亡問題まで含め危機的な情況にあるということを東海労のAさんから聞いたのは2012年の3月末だ。Aさんの指摘に無関心ではおれず、大石橋の状況を教えてもらう。
 虎石溝万人坑が存亡の危機にあるとAさんが考える第一の理由は、虎石溝記念館の元館長・張鳳嶺さんが2012年3月17日に亡くなったことだ。Aさんらが十数年来関わり続けている虎石溝万人坑は、張さんが館長を退官して以降、維持管理の予算が削られ、万人坑の現場や記念館の補修・管理はなおざりにされ、記念館に常駐する係員はおらず常時閉鎖されている。危機感を強めていた張元館長は「現在の館長は何もしない。今でも私が館長だ」といつも訴え、記念館のことを真剣に気にかける人は大石橋には張元館長しかいないという状況が続いた。その張元館長もこの数年は体調を崩し入院と療養を繰り返す毎日で厳しい情況が続いていたが、虎石溝万人坑にとってかけがえのない存在だった。
 Aさんが考える第二の理由は、記念館の周囲にかつては樹林や草原が残されていたが、今では工場など鉱山関連施設でびっしり埋め尽くされ、マグネサイト鉱山から出る瓦礫が記念館の周囲にせまり、一部は外壁を越え記念館構内にまで流れ込んでいることだ。露天堀りのマグネサイト鉱山に囲まれる中にある記念館は、白っぽい鉱山関連施設のただ中に黒い異質の物(記念館)がポツンと取り残されている感じだ。大石橋は世界でも有数のマグネサイトの産地であり、採鉱に関わる企業の多くはアメリカや日本など外国との合弁企業なので、金儲けのじゃまになる記念館はつぶされてしまうのではないかとAさんは危惧している。
 万人坑発掘現場を保存する記念館建物は2006年に新しい大きなものに建て替えられたばかりなので、存亡の危機と言われると意外に感じるが、新記念館建設後はきちんとした管理は行なわれず、新しい建物は天井や壁が剥がれ落ちるまま放置されているとのことだ。
 そして、直近の事件として憂慮されるのは、2011年9月1日に東海労が十何回目かの訪問をしたとき大石橋は豪雨に見舞われていて、記念館建屋内の万人坑発掘現場が大洪水で水没していたことだ。この水没の事態に最初に気付くのが遠路はるばる日本から訪ねていったAさんたちで、とにかく早く水を抜けと大石橋市の担当者に直談判し、緊急の排水工事のためカンパ金を渡してきたとのことだ。
 こういう情況を踏まえAさんと東海労の人たちは、張鳳嶺元館長の墓参りを兼ねて2012年5月末に大石橋に行き、大石橋市の責任者や担当者に会い虎石溝記念館の現状を問いただし、維持管理の改善を申し入れる予定でいる。張元館長には私も世話になっていて虎石溝万人坑の行く末も心配なので、東海労の訪中に同行し大石橋を訪ねることにした。

 
写真:2012年5月30日撮影 

 大石橋マグネサイト鉱山(1)
 遼寧省の省都・瀋陽から南西方向に約140キロの位置になる遼寧省南部の大石橋地区は世界でも有数のマグネサイト鉱山地帯で、いたるところで露天掘りが行なわれている。正面の山でもマグネサイト採掘が進められている。平坦地には、マグネサイト関連企業の施設がびっしりと建ち並ぶ。

 大石橋マグネサイト鉱山(2)
 大石橋のマグネサイト鉱山地帯には、マグネサイト採掘のため削り取られた人工的かつ幾何学的な形状の岩肌の山が延々と続く。採鉱作業で発生する砂塵に覆われ、この辺りの全てが白くて埃っぽい。

 大石橋虎石溝万人坑記念館・外観(入口)
 白くて埃っぽいマグネサイト関連施設のただ中に、周囲の様子と不釣り合いな真新しい近代的な建物がポツンとある。2006年に建て替えられた新しい大石橋虎石溝万人坑記念館だ。(注:この写真だけ2009年9月27日に撮影)

 大石橋虎石溝万人坑(1)
 新しい記念館建屋の中に、140平方メートルの長方形の万人坑発掘現場が、中国人労工の遺体が埋められた当時の状態のままそっくり保存されている。新記念館が建設される前の旧記念館で保存・「展示」されていた発掘現場をそのまま継承しているもので、深さ3メートルまで7層に重なる174体の遺骨がここにある。

 大石橋虎石溝万人坑(2)
 保存のために施された防腐処置により、遺骨が異様に黒ずんでいる。きちんと管理しているという体裁を取り繕うため、杜撰な処置が慌てて行なわれたのではないか。少なくとも2009年9月以前は、こんなことにはなっていなかった。万人坑を保全するために必要なちゃんとした処置や管理がなされていないように思われる。

 万人坑保存館の内部
 虎石溝万人坑発掘現場の手前にあるこの一角には、別の場所で収集された70体ほどの遺骨が整然と並べられている。2006年に新記念館が建てられたとき新たに設置された「展示」だ。建屋の右側奥にいる数人は、「水没事件」の水深を確認している。

 虎石溝万人坑水没事件
 現地旅行社のガイド・王永清さん(右側)ら二人が立っているのは、前の写真に示す万人坑保存館建屋の右側奥の位置。2011年8月末から大石橋は豪雨にみまわれ、9月1日に虎石溝万人坑は水没する。この時、王さんが左手で示す位置まで水位が到達し、万人坑発掘現場の大半が水に浸かった。その当時、記念館に管理人は不在で、日本から現地を偶然に訪ねたJR東海労働組合の一行が水没事件を発見し、関係当局に緊急連絡し、すぐに排水するよう要求した。

 万人坑保存館・外観
 万人坑保存館を含め記念館の施設全体が、周辺のマグネサイト関連事業で発生する砂塵に覆われている。保存館も周囲の敷地も白っぽい砂塵でひどく汚れているのが分かる。

 虎石溝記念館の構内に流れ込むガレキ
 虎石溝万人坑記念館の隣にあるマグネサイト採掘のガレキの山から、記念館の外壁を越えて構内にガレキが流れ込んでいる。マグネサイト事業者にガレキの撤去を要求することもしないのだろうか。

 虎石溝記念館外壁の外側
 虎石溝万人坑記念館の隣にあるマグネサイト採掘のガレキの山が、記念館を押し潰そうかという勢いで記念館の外壁に迫っている。




 大石橋虎石溝万人坑:頭部を撃ち抜かれ死亡した労工の頭骨
【李秉剛教授(北京)提供写真】

 大石橋マグネサイト鉱万人坑:生き埋めにされた労工
【李秉剛教授(北京)提供写真】
 大石橋虎石溝万人坑:生き埋めにされた労工
【李秉剛教授(北京)提供写真】

 大石橋マグネサイト鉱山で生き残った労工。歴史の証人・許殿波さん。
【李秉剛教授(北京)提供写真】




「万人坑を知る旅」index

「 満 州 国 」 の 万 人 坑
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 遼寧省    北票炭鉱万人坑  阜新炭鉱万人坑  本渓炭鉱鉄鉱万人坑  弓長嶺鉄鉱万人坑
        大石橋マグネサイト鉱山万人坑  大石橋マグネサイト鉱山万人坑(2)
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華 北 の 万 人 坑
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華 南 の 万 人 坑
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        南丁(朝鮮村)千人坑  月塘村「三・二一惨案」  北岸郷「五百人碑」


付 録 : 朝 鮮 を 知 る 旅
        朝鮮の人たちの日常 2014年

付 録 : 日中友好新聞連載記事
        中国本土に現存する万人坑と強制労働現場を訪ねる



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