万人坑問題の講演・学習会
中国人強制連行・強制労働と万人坑(人捨て場)

質問(質問票)への回答
2024年4月9日
青木茂

 3月30日に開催された講演・学習会で、主に日中15年戦争期に中国本土(大陸)で強行された中国人強制連行・強制労働と、その結果として生み出された万人坑(人捨て場)について説明しました。この講演・学習会に多数の人が参集してくれたことに感謝しています。
 そして、講演終了後に本当に多数の質問票が寄せられ、さらに、持ち込んだ小生の多数の著書が完売した事実から、「万人坑問題」に多くの人が関心を抱き熱心に話を聞いてくれたことが分かります。だから、今回の講演・学習会は大成功だったと心から喜んでします。完璧な準備をしてくれた主催のみなさん、忙しい中で参集いただいた聴講参加のみなさん、有り難うございます。
 それで・・・・・・、質疑の時間に要領よく説明することができず、さらに時間の制約もあり、ほとんどの質問(質問票)に回答することができませんでした。そこで今回、改めて文書にて回答します。これにより、「中国人強制連行と万人坑の問題」に更に理解を深めてもらえればと思います。


質問への回答 その1
 講演者の私が重要だと思い、講演・学習会の質疑の場できちんと説明しておきたかった質問は次の5件です(複数の方から寄せられた質問は一つにまとめています)。

1.加害企業に対する責任追及と賠償などはどうなっているのか?
 日本に連行され労働を強制された中国人被害者の中のごく一部の人たちが、被害事実の認定と賠償などを求め、1990年代から2000年代の初めにかけて日本の裁判所に提訴した事例が十数件あります。そして、その全ての訴訟で日本の裁判所は強制連行・強制労働の非道かつ凄惨な事実を認めましたが、時効や国家無答責の法理などを理由に、謝罪と賠償を求める訴えを却下し、中国人被害者は全ての訴訟で敗訴しました。
 しかし、裁判の枠外で加害企業と被害者が私的に和解し、謝罪・賠償・記念碑建立などを実現させた事例が少なくとも4件あります。
 それで・・・、重要なことは、裁判を提訴したり和解したりできたのは、日本に連行された4万人の被害者のうちのほんの一部の人たちだけであることです。さらに、中国本土で強制労働させられた4000万人の被害者は完全に枠外の存在であり完全に無視されていることを忘れてはなりません。

2.強制労働に関わる問題は中国国内でどのように受け止められているのか?
 まず最初に、韓国の徴用工被害者の話を確認しておきましょう。それで、韓国(朝鮮)から日本に連行された徴用工被害者のうちのごく一部の人たちも、被害事実の認定と賠償などを求め日本の裁判所に多数の訴訟を起こしました。しかし、全ての訴訟で賠償要求などは認められず、韓国人被害者は日本の裁判で敗訴しました。
 そのため、韓国の徴用工被害者は韓国の裁判所に提訴します。その結果、いろいろと紆余曲折はありましたが韓国の裁判所は日本企業の加害責任を認定し、被害者に賠償するよう命じました。ところが、日本政府から不当な圧力を受ける日本の加害企業は判決を無視し賠償に応じません。このことが、日本と韓国の間で大問題になっている深刻な案件であり、今まさに現在進行形の懸案です。そうこうしているうちに、韓国の裁判所で徴用工被害者の勝訴判決が次々に確定し続け、もう収集がつかなくなっています。
 次に、中国の方はどうなっているのかを確認しましょう。それで、日本の裁判所で敗訴した中国人強制連行被害者は、韓国の被害者と同じように、自国である中国の裁判所に訴状を提出(提訴)します。しかし、中国の裁判所は訴状を受理せず門前払いにしてしまいました。そういう情況の中で訴状が(誤って?)受理された(受け取られた)事例が少なくとも1件だけはあります。しかし、その1件もその先の手続きには進まず、10年近くほったらかしにされたままで進展はありません。
 なぜそうなるのかということですが、この先は素人の私の勝手な想像であり根拠はないので聞き流してください。
 それで・・・、中国の指導者である中国共産党や中国政府が一番恐れるのは、アメリカでも日本でもなく、中国の人々・中国の民衆なのだと思います。つまり、中国の民衆が知恵を付け、個人の権利や人権に目覚め、民衆同士が手をつないで団結して力をつけることが、中国の指導者が一番恐れることなのだと思います。
 そして、強制連行被害者が裁判を起こすということは、個人の権利や人権を自覚した人がその権利を主張し、被害者と支援者が手をつなぎ団結して行動するということです。そして、それは、民衆が知恵をつけ力をつけていくことにつながります。民衆が知恵をつけ力をつけることを恐れる中国の指導者は、それゆえに裁判を起こさせないのではないかと思います。
 そんな状況にあると思われる中国で、「民権派」の弁護士が弾圧されるというようなことが頻繁に発生していることは、よく知られている事実だと思います。
 さて、その一方で、2000年代以降に特に顕著になっているように私が感じることですが、万人坑など日中戦争における被害の現場に以前からあった数多くの古くて小さい簡素な記念館が、近代的かつ極めて巨大で立派な記念館に次々に生まれ変わっています。そして、強制労働と万人坑など日本による侵略の凄惨な実態を明らかにする展示や解説が膨大に展開され、専門家による研究が数多く、しかも盛んに行なわれています。
 その理由は、これも素人の私の勝手な想像ですが、暴虐の限りを尽くし中国の民衆を痛めつけた日本侵略者を打ち負かし中国の勝利と独立と民衆の解放を勝ち取ったのは中国共産党であることを民衆に徹底的に教育するための施設として整備・建設し、そして運用・活用しているのだろうということです。あの暴虐非道な日本軍を打ち負かし民衆を救った中国共産党には中国を指導する正統性があり、現在の共産党主導の体制は正しいということを民衆に教育し、現在の政治体制に対する疑問を民衆に抱かせないようにしたいのではないかと私は思っています。

3.日本政府と中国政府の間に、この問題の解決に向けた動きはあるのか?
 もともと中国政府は、日中国交回復・国交正常化時に、日本の加害に対する賠償を免除しています。周恩来首相らによる本当に重大な決断であり、日本人はいくら感謝しても感謝しきれない実に寛大な処置です。
 そして現在は、質問2で見てきたように、各個人に対する被害の認定と賠償を要求し中国の裁判所に提訴する中国人強制連行被害者の個人としての動きを裁判所つまり中国政府が押さえ込み、声を上げれないようにしています。つまり、中国政府は自国の被害者の声も自ら押さえつけることをしているので、当然の結果として、被害の賠償を日本政府に要求することはしません。それをよいことに、日本政府も知らぬ振りを決め込んでいます。だから、「この問題」に関しては日中の政府間は平穏です。
 ということで、現在の日中関係は、徴用工被害者が韓国の裁判所で次々と勝訴し日本の加害企業に賠償させる動きが強まる状況になり韓国政府が対応に頭をかかえている日韓関係とは情況が大きく異なります。それで、ついでに付け加えておくと、韓国政府は何も悩まず判決に基づいて日本政府に対応(賠償)を要求し、日本政府が頭を悩ませればいいだけのことなのですが・・・。

4.中国本土における強制労働の史実が日本でなぜ認識されていないのか?
 近現代史や歴史学に関わる日本の研究者がまともな研究をしていないことが原因だと思います。中国政府がだんまりを決め込み、中国人被害者も個人として声を上げ告発することができない情況の中で、日本の専門家や研究者が事実(史実)を明らかにし人々に知らせることをしなければ、一般の人々は知りようがありません。
 2000年に訪中し万人坑の現場を初めて確認して衝撃を受けた私は、帰国後に万人坑について調べようとしましたが、回答を示してくれる適当な本などを見つけることはできませんでした。それから20年余をかけて今ようやく分かったことは、「万人坑問題」を研究している専門家や研究者が日本にはいないらしいということです。そして、(素人の私が勝手に主張しているだけですが)犠牲者が1000万人もの規模になる、ナチのホロコースト犠牲者600万人より被害規模がはるかに大きい重大戦争犯罪の研究がなされていないのは、日本の歴史学に関わる研究者や学会の怠慢だと思います。
 それで、素人の私が法螺を吹き続ければ、そして私の主張が世間に知られるようになれば、本格的に研究してみようという本物の研究者がいつか現れるのではないかと期待し、これからも発言と情報発信を続けるつもりです。
 そして、素人の私の想いに共感してくれる人にお願いしたいことは、勉強会や講演会を各地で開催して欲しいということです。また、私の著書やウェブサイト「万人坑を知る旅」を宣伝・広報していただきたいということです。よろしくお願いします。

5.労工の管理・統制はどのように行なわれていたのか?
 労工の管理・統制のやり方は色々あると思いますが、その典型的なやり方について説明します。それで、強制労働の現場である各事業所で頂点にいるのは、ヤクザの用心棒の役割を担う日本軍を後ろ盾にする日本の営利企業の日本人による支配・管理組織です。また、最下層にいて奴隷労働を強いられるのは一般の中国人労工(被害者)です。そして、その中間に、中国人による支配・管理組織があるのが、一般的な事業所の形態というか管理機構です。
 中間に位置する中国人による支配・管理組織の頂点にいる者は把頭(batou=かしら・親方)などと呼ばれ、簡単に言うと、日本のヤクザの親分に相当します。その把頭の下にヤクザの子分に相当する者が大勢いて、彼らが最下層の一般中国人労工(被害者)を暴力と恐怖で支配しています。つまり、日本人支配者は、中国人を二つに分断し、一方に甘いエサを与え優遇して手なずけ、他方の下層中国人を支配させるという手法を採ります。
 把頭を頂点とする中国人支配組織は、労工(労働者)の募集から事業所(現場)への搬送(連行)、そして、事業所における労務管理(支配)までを一貫して担うことが多いようです。たくさんの労工を集めれば、それだけ実入り(収入)が多くなるので、把頭らは中国各地に出向いてできるだけ多くの中国人を労工として「雇い」ます。そして、一旦現場に連れてきてしまえば暴力と恐怖で奴隷労働を強制し、現場は完全な暴力支配の下に置かれます。
 そういう把頭を中心とする中国人支配組織を、日本人が経営する各事業所は夫々何十組も(あるいは何百組も)囲い込んでいます。それらの中には、1000人単位の下層中国人(労工)を支配する巨大な把頭集団もたくさんありました。
 そして、それぞれの把頭には、集めた人数に応じて報酬や食料などが支給されますが、中国人支配組織内の各段階で食料などがピンハネされるので、最下層の中国人労工には必要な食料などが十分に行き渡りません。こうして現場の中国人労工は痩せ衰え、過労死・衰弱死に追い込まれます。
 労工の管理・統制に関する説明は以上です。
 それで、中国軍との戦闘を続ける100万人規模の日本軍が、4000万人の労工を管理するのに必要な日本兵を労働現場に派遣する(割り当てる)ことはできないと質問(主張)する人が時々いますが、中国人労工を管理しているのは民間企業であり、その実務は、中国人の把頭を頂点とする中国人支配組織が担っていることを知らないから出てくる質問だということを理解してほしいと思います。


質問への回答 その2
 質疑の場で時間に余裕があれば、事実を改めて確認しておきたかったことと、誤解や誤認識を解いておきたかった質問などは次の4件です(複数の方から寄せられた質問は一つにまとめています)。

6.中国本土における強制労働の被害者数と死者数(犠牲者数)
(1)強制労働させられた中国人被害者の数(人数)の出典は以下の通りです。
  東北(「満州国」)域内で強制労働させられた被害者1640万人の出典
   ・高嵩峰・李秉剛編著『走过地狱‐日本侵华期间幸存劳工的回忆』
     東北大学出版社(中国‐瀋陽)、二〇一三年、二三六頁
   ・高嵩峰・李秉剛編著『私は地獄へ行ってきた‐中国東北部、旧日本軍占領地区の
     生存労工の記憶』遼寧大学出版社(中国‐瀋陽)、二〇〇九年、二六九頁
  華北域内で強制労働させられた被害者2000万人の出典
   ・笠原十九司著『日中戦争全史』上・下、高文研、二〇一七年、下巻二五九頁
   ・中央档案館・中国第二歴史档案館・河北省社会科学院編『日本侵略華北罪行档案
     2戦犯供述』河北人民出版社(中国‐石家庄)、二〇〇五年
  華北から他の地域へ連行され強制労働させられた被害者1000万人の出典
   ・笠原十九司著『日本軍の治安戦‐日中戦争の実相』岩波書店、二〇一〇年、
     二一七頁
   ・中央档案館・中国第二歴史档案館・河北省社会科学院編『日本侵略華北罪行档案
     2戦犯供述』河北人民出版社(中国‐石家庄)、二〇〇五年
(2)強制労働させられた中国人の死亡率と犠牲者数
 強制労働被害者の8割とか9割が死亡した炭鉱などの事業所が14カ所あったことを克明に記録している史料が現存していることを私の講演で強調して紹介しましたが、全ての事業所で8割とか9割の強制労働被害者が死亡しているわけではありません。死亡率が3割だった事業所などいろいろな事例があります。それで、全体像としての正確な実態を私は知らないので、死亡率を2割とか3割だと(勝手に低目に?)仮定し、強制労働被害者が4000万人いるので死者は1000万人になると説明しています。

7.2010年1月31日に公表された日中歴史共同研究について
 日中歴史共同研究と講演者(青木)の間で強制労働被害者の数(人数)が異なっていると指摘(質問)する人がいましたが、それは誤解です。
 それで、日中歴史共同研究は、古代から近現代史までを網羅する膨大な研究であり、日中15年戦争に焦点を当てているわけではありません。さらに、全体の中の一つの項目に過ぎない日中戦争の中にも多様な視点があり、強制連行・強制労働に焦点を当てているわけではありません。そして、強制労働のことは他の案件に比べ相対的に重要視されていないようで、強制労働についてはわずかに記述されているだけです。
 そういう位置づけの中で、「強制労働被害者は960余万人」とだけ記述されていますが、これは、華北から東北(「満州」)など他の地域に連行された人数です。その人数を私は1000万人とし、それを含めて中国全土の被害者の合計を4000万人だと主張しています。そういうことなので、日中歴史共同研究と私の主張の間に矛盾は(ひとかけらも)ありません。
 あと、日中歴史共同研究の成果を安倍晋三と日本政府は認めていないと主張(質問)する人がいましたが、日中歴史共同研究は安倍晋三が首相として実施を指示し、安倍晋三が首相として決済して論文が確定し公表されています。その日中歴史共同研究を「安倍晋三や日本政府は認めていない」というのは質問者の言いがかりにすぎません。

8.万人坑内で遺体(遺骨)が確認され名前が判明した犠牲者はどれくらいいるのか?
 私が知っている事例はせいぜい10名くらいです。
 それで、遺体や遺骨は遺族が引き取るのではなく、現場や博物館(記念館)などに「展示」される例が多いのではないかと思います。これは、遺骨に対する考え方が日本人と中国人では異なっていて、遺骨が展示されたりすることに中国の人たちはそれほど違和感を持たないようなので、そのようにできるのだという気がします。

9.訪中時に訪れることを勧める場所はどこか?
 私が知っていて勧めることができるのは、実際に訪れたことがあるところだけです。それで、私が訪れた42カ所の万人坑を講演資料に記載しているので、その中から選んでください。



 上記の9項目の質問以外にも多数の質問が寄せられましたが、それらについては、講演内容の枠外である、素人の私には分からない、質問になっていない(何を問いたいのか分からない)、質問者自身で調べてほしいなどの理由で無回答とします。
 以上で質問への回答を終えますが、皆さんの理解を深めるため、今回の講演会の続編などを企画してもらえると嬉しいです。また、他の人や別の市民団体などに講演会や学習会の実施を薦めていただけると有り難いです。よろしくお願いします。