「目からウロコ」の読者のAさんへ
2018年5月2日   


 「PKO法『雑則』を広める会」(以下、「PKO法の会」と略称)経由で、Aさんの下記の質問を受領しました。
強制連行された中国人が3000万人を超えるということについて、
 仮に100人に1人の監視員が必要だとすると、30万人を超える日本兵が必要となる。これは、当時中国にいた日本兵の数からいって非常に多すぎる数であるから、3000万人自体が不可能な数字に思えるが・・・。

 これについて、以下のように回答します。

1.Aさんの質問の発端となる史実について

 2018年4月3日付の「みなさまへ」という表題の「PKO法の会」からの案内状に記載されている「中国本土で強制連行された被害者は、3640万人にもなる」という一文がAさんの質問の発端になっているのだと思います。
 「PKO法の会」は、限られた紙面内に収まる少ない文字数で書かないといけないので、上記のように簡略化して説明していますが、「PKO法の会」が参照している青木茂著『華北の万人坑と中国人強制連行』(花伝社)では、この件を、「中国本土で強制労働させられた被害者は、東北(「満州国」)で1640万人、華北で2000万人にもなる」と説明しています。
 そこで、東北と華北で強制労働させられた被害者を合わせると3640万人という数が出てきますが、中国本土では華中や華南でも数百万人規模の強制労働が行なわれていると思われるので、中国本土の強制労働被害者は4000万人を超えるのではないかと思います。
 あと、留意するべきことは、強制労働させられた中国人のうちの一部(少なくはないですが)だけが強制連行されてきた人であることです。強制労働被害者には、その労働現場に強制連行されてきた被害者以外にいろんな人がいます。しかし、日本では、「強制連行」という言葉は一般に広く知られ「強制労働」の意味も含むものとして使用されているのに対し、「強制労働」という言葉は使用されることが相対的に少ないので、「PKO法の会」は「強制連行」と表現したのだと思います。
 こういうことなので、「目からウロコ」の読者の多くが中国人強制連行・強制労働について知見があり、さらに紙面に余裕があり文字数が許せば、「中国本土のうち東北と華北で強制労働させられた被害者を合わせると3640万人にもなる」と「PKO法の会」は説明したと思います。これが、Aさんの質問の発端となる史実です。

2.Aさんの質問について

 「仮に100人に1人の監視員が必要だとすると、30万人を超える日本兵が必要となる」ということを前提としてAさんの質問が組み立てられていますが、この前提に少々誤解があります。
 つまり、「仮に100人に1人の監視員が必要だとすると」、必要なのは「30万人を超える」監視員ということになります。そうすると、「日本兵の数からいって・・・3000万人自体が不可能な数字に思える」と言うには、監視員は日本兵を指すとか、監視員の多くは日本兵であるということを検証することが必要になります。
 あと、3000万人を超える中国人が同時に被害を受けているわけではありません。東北では足かけ15年という期間を通して1640万人が被害を受け、華北では足かけ9年という年月を通して2000万人が被害を受けています。だから、30万人を超える監視員が同時に必要ということではなく、9年とか15年という期間を通して延べ人数で30万人の監視員が必要ということになります。
 以上により、質問(議論)の前提を示すとすれば、「仮に100人に1人の監視員が必要だとすると、延べ人数で30万人を超える監視員が必要となる」となります。
 この前提を基に議論を始め、監視員と日本兵の関係を検証すると、「当時中国にいた日本兵の数からいって非常に多すぎる数であるから、3000万人自体が不可能な数字に思える」というAさんの「主張」は誤りということになると思います。この点については第3項以降で説明します。
 以下は蛇足ですが、Aさんの質問は、虚偽の前提を基に誤った結論を導く論理構成になっています。こういうやり方は、例えば南京大虐殺を否定する歴史改竄主義者が行なう論理構成と同じです(というように蛇足で失礼な表現をしましたが、Aさんに悪意などは全く無く、誠実な方だと思っています)。

3.Aさんの疑問に対し、「PKO法の会」が既に示している回答

 2018年4月3日付の「みなさまへ」という表題の「PKO法の会」からの案内状と同時に、『目からウロコの“中国侵略”万人坑を知る旅D 塘沽強制収容所』もAさんは受領されていると思います。その2ページで「PKO法の会」は、「(塘沽強制収容所に収監している収容者を管理・監視し秩序を維持するため)日本兵に協力する警察隊と警備隊も組織し、昼間は警察隊が見張りに立ち銃を持って集中営(収容所)を巡視し、夜は警備隊が棍棒を持って夜間当直につく」と説明しています。
 この話の舞台は、侵略者の日本が設置し運営している塘沽の強制収容所なので、最上層の管理者・指揮官として日本軍(日本兵)も関わっていますが、収容者が収監されている現場で実際に監視・警備を担当するのは警察隊や警備隊です。そして、警察隊や警備隊は、その管理監督者から末端の隊員まで含めて中国人で構成されています。つまり、日本にすり寄る中国人が警察官や警備員になり特権的な身分を保証されて甘い汁を吸い、被害者の中国人を監視する(虐待する)という支配構造になっています。
 それで、強制収容所に収監されている中国人は、その後、労工(労働者)として中国各地や日本の労働現場に連行されることになりますが、連行する前の収監者(労工)を収容所で管理・監視するのに大勢の日本兵を必要としないことが分かると思います。中国人に中国人を管理・監視させる支配構造を日本は確立し実施しているわけです。
 このことが、「当時中国にいた日本兵の数からいって非常に多すぎる数であるから、3000万人自体が不可能な数字に思える」というAさんの疑問に対する回答の一つになっていると思います。
 あと、補足ですが、祖国(中国)と同胞を裏切り甘い汁を吸った中国人を漢奸(裏切り者)と呼び、中国の人々は最大限にさげすんでいます。

4.強制労働の現場における中国人労工の管理について

 中国人強制労働の現場の多く(ほとんど)は、炭鉱や鉄鉱などの鉱山やダムや道路などの土建工事など日本の民間企業が管理・運営する金儲けの現場です(日本軍要塞の建設などであっても、実際に土建工事を請負い実施するのは民間企業です)。そして、日本の民間企業の背後には用心棒としての日本軍が控えていますが、金儲けの現場を運営するのは企業であり、現場の運営に日本軍は直接には関与しません。
 さて、現場運営の代表的なやり方の一つに把頭制度というのがあります。把頭というのは、現在で言うと、人材派遣会社と業務請負企業の社長とヤクザ(暴力団)の親分を兼ねるような人物であり、漢奸である中国人の把頭に、労工の募集(人集め)や作業現場での業務管理を日本の民間企業は丸投げします。
 日本の民間(営利)企業の依頼を受けた把頭(中国人漢奸)は各地に赴き、条件の良い仕事を紹介するなどと言葉巧みに人々をだまし労工を募集します。当時の中国人の多くは非常に貧しく厳しい生活を強いられているので、少々不審に思っても労工募集に応じ、指示される労働現場に大勢がやってくることになります。この時、労工募集を日本人がやっても信用されず、人(労工)は集まらないでしょう。中国人だからできることです。
 把頭には、集めた人の数に応じて報酬が支払われるので、できるだけ多くの人を集めるように把頭は奮闘努力します。さらに、日本企業のやり方は巧みで、100人集めた把頭には、10人集めた把頭の10倍の報酬ではなく、多く集めるほど多くの報酬を支払うような仕組みを取り入れるなどして、把頭にやる気を起こさせます。
 そして、労工募集に応じた中国人が故郷を離れて現場に一旦来てしまうと、「タコ部屋」に収容されて自由を奪われ、強制労働させられることになります。作業現場で労工を監視・管理するのは、労工を連れてきた把頭とその配下の中国人の手下(漢奸)たちです。
 このように、強制労働させられる中国人労工を管理・監視している者の多くは企業が雇った把頭(中国人)であり日本兵は関係ないので、「当時中国にいた日本兵の数からいって非常に多すぎる数であるから、3000万人自体が不可能な数字に思える」というAさんの「主張」は正しくないことが分かっていただけると思います。

5.諸悪の根源は日本による中国侵略

 第3項と第4項で、塘沽強制収容所の警察隊と警備隊に組み込まれた中国人や、日本企業の強制労働現場における中国人把頭とその手下の中国人たちが、祖国(中国)と同胞を裏切り加害者になっていることを紹介しました。
 しかし、彼らを加害者にさせたのは、中国を侵略した日本です。強大な武力を持つ日本軍と、日本軍を用心棒にすることで強大な力を持つ日本の営利企業の横暴に抗して生き残る道を必死に探る中で、不本意であっても日本にすり寄ることでしか生きながらえる道を探り出すことができなかった一部の中国人が、結果として加害者にさせられたのです。
 諸悪の根源は日本による中国侵略であることを私たち日本人は肝に銘じなければなりません。


(補足)1640万人とか2000万人という被害者数や塘沽強制収容所については青木茂著『華北の万人坑と中国人強制連行』(花伝社)を参照ください。労工募集や強制労働のようすは、『目からウロコの“中国侵略”万人坑を知る旅C ハイラル要塞万人坑』の3ページに掲載されている「張玉甫さんの証言」を参照ください。より詳しくは、青木茂著『日本の中国侵略の現場を歩く』(花伝社)の「張玉甫さんの証言」の項を参照ください。